
少し脱線、でもないですが、「自分の言葉」そしてその表現の獲得について、せっかく芸術の秋なので「音楽」にも例えて考えてみます。
私は普段、フルートという楽器を吹きます。
楽器の演奏をする時はまず、自分が演奏する曲を「聴く」ことから始めます。
お手本を知ることですね。
そして、楽譜に書いてある音符や、「速く」「強く」「軽快に」「優しく」など、音色についての指示を読み、その曲の決まりを把握します。これは、言葉の読み方や意味を知ることでしょうか。
それから、楽譜に沿って楽器の音を出し始めます。
曲を演奏するために必要な技術を身体が覚えられるように、短いフレーズに小さく分けて、何度も繰り返し練習します。
これは言葉の発音や用法・使い方を知り、覚えていくことに近いかもしれません。
実際に吹いてみて、どんな音色でどう響くかを何度も試します。
そうして、曲を演奏するための「情報」と「方法」を元にして練習を重ね、「技術」を身につけていきます。
ここまでが、学校で教わる勉強だとします。
その次に、そこまで練習した部分を繋げ、一つの曲として、その曲の持つ性格を表現し、人に「伝える」ために、自分自身もその曲を感じながら、どのように表現しようか、聴き手がどう感じるかを想像し考えながら練習します。
それは、曲を「自分のものにする」ような過程です。そうすると、「暗譜しよう」と思わなくても楽譜を見ずに演奏できるようになっていきます(特に、好きな曲に関しては)。
そうして、自分の心で、「歌うように」演奏することで作品はようやく豊かな「音楽」として形になります。
また、そうした演奏の練習では、自分自身の中(感覚)に潜り、自分に問いかけながら、演奏した曲を客観的に聴いて修正していく...など、演奏には自分自身と向き合う時間も必要です。
これを、「言葉」と「表現」で考えてみると、「言葉を覚えること」と、言葉を使って自分の考えで「話せるようになること」が別であることとも、似ているような気がしないでしょうか?
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